小学校の実践事例

渾然(こんぜん)一体の学びと暮らし一人ひとりと向き合う授業  
〜くさや作りを通じて学ぶ郷土の息吹〜 東京都・新島村立若郷小学校

街が学校
誰もが先生

くさや製造元のご主人に子どもたちみんなであいさつ

くさや製造元のご主人に、子どもたちみんなであいさつ。前日の作業の続きがスタートする。

給食を終え、午後の授業の時間となった。いよいよ全校生徒でのくさや作りだ。前日までの取り組みで、すでに魚をさばき、わたを取り、ショッチルに漬け込むまでの作業が終わっている。今日は魚をショッチルから引き上げ、干す作業だ。校庭に集合した子どもたちは、先生方に引率されて、徒歩でくさや作りの作業場へと向かう。

噂に聞く「くさやのにおい」に備え、記者も持参した体操ジャージに着替えて子どもたちの後に続いた。

こうした体験学習は地域の支援で実現することは理解していたものの、作業場に向かう道すがら、すれ違う人たちがみな子どもたちや先生と言葉を交わしていく様子を見て、その支援が本当に地域に根付いたものであることを改めて感じさせられた。

すれ違う人たちの一言一言が子どもたちを育み、また道端の生き物たちが子どもたちの目を輝かせる。そんな自然な学びがここには確かにある。

地域の子どもたちを、地域ぐるみで育てていく。この当たり前に思えることがなかなか実現できない昨今の社会を思うとき、ここ若郷の地にある、あたたかい人と人とのつながりを心から羨ましく思った。

郷土へのまなざし

ショッチルに漬け込んだ魚を網ですくい上げる子ども

ショッチルに漬け込んだ魚を、網ですくい上げる子ども。生易しいにおいではないが、子どもたちはへっちゃらだ。

ショッチルから引き揚げられた魚は竹かごに入れ、水で3度洗いする

ショッチルから引き上げた魚は竹カゴに入れ、水で3度洗いする。1回目の洗いに使った「一番しぼり」は、ショッチルのタンクに戻され、その一部になっていく。

洗い上がった魚は乾燥用の木枠に並べられていく

洗い上がった魚は、乾燥用の木枠に並べられていく。
その後、くさやの品質の証であるシールを貼り、乾燥させれば完成だ。

くさや作りは、それをなりわいとするお宅の作業場で行われている。作業のはじめに、ご主人へのあいさつを済ませ、今日の作業について説明を受けると、子どもたちは早速作業場へ。

ショッチルに漬け込まれた魚を網ですくい上げ、3つのおけやバケツに満たされた水で余分な塩分などを洗い落としていく。このうち「一番しぼり」にあたる最初のおけの洗い汁は、作業が終わると大本のショッチルに戻され、その一部になっていく。かつて大変な貴重品だった塩を有効に使うため、長きにわたって繰り返されてきたその作業が、強烈なにおいとうまみをあわせ持った「ショッチル」を生み出してきたのだ。

島の伝統そのものとも言えるこの作業に、この授業を通じて毎年参加してきた子どもたち。郷土の文化を身に染み込ませ、それを愛する気持ちは、ここでも育てられていた。

水洗いを終えた魚は、子どもたちの手によって次々と乾燥用の木枠に並べられていく。

「さあ、それじゃあ、このシールを魚に貼ってくれるかな」とご主人が呼びかけた。駆け寄る子どもたち。手にしているのは、くさやとしての品質を保証する金色のシールだ。自分たちの作業が「ホンモノ」を作ったんだという思いが、誇らしげな笑顔にあふれている。
シールを貼られた魚たちは、木枠のままワゴンに収められ、乾燥室へと運ばれた。後は数日間にわたる乾燥を経て、晴れてくさやの完成となる。

一仕事終えた子どもたちは、別室でさまざまな種類のくさやとご対面。くさやとは干物を作る方法そのもののことで、実際にくさやに利用される魚は千差万別だ。もっとも一般的でかつ美味しいといわれるムロアジをはじめ、島の近海でとれる魚のほとんどがくさやにして食べられている。中にはサメのくさやもあって驚かされた。ご主人のすすめで、ごほうびの焼きくさやにありついた子どもたち。
「もっと食べたい!」
「こっちにもちょうだい!」

目を輝かせてくさやを頬張るその様子は、地域の伝統と暮らし、そして授業というものの関係を改めて考えさせるものだった。

あるものを生かして

ご主人にあいさつする子どもたち

作業の終わりには、またしっかりとご主人にあいさつ。「ありがとうございました!」

島には、生活に必要なものすべてがあるが、それ以外にはないものが多いこともまた事実だ。

その中で、ないものを嘆くのではなく、与えられた環境を最大限に生かした教育のあり方が、絶えず議論され、また実践されているのが新島の教育の特徴だ。 今回取材した若郷小の少人数という特質を生かした授業や、伝統産業であるくさや作りとそれを核にした学びの広がりなどは、その好例と言えるだろう。

一方、島内では垂直的な連携による一貫教育の試みも進められているという。

保育園は小学校と、小学校は中学校と相互に交流し、連携を図ることで、より効果的な教育を実践しようというもので、すでに教職員レベルだけでなく、それ ぞれの子どもたち自身の交流が積極的に実践されている。

共に学び、共に育っていく新島の子どもたち。今そこにある環境を常に前向きに受け止め、それを生かしていく先生方の取り組みに、深い感銘を受けた今回の取材だった。

 

 

>>この授業の取り組みの流れはこちらから

◆東京都新島村立若郷小学校

新島北部にある若郷地区に位置する小学校。校名の頭文字をかたどったW字型の断面構造を持った校舎からは青い海が間近に望める。平成12年の新島近海地震 の際には校地に隣接する岩山の一部が崩落したが、奇跡的にも校舎の被害は少なく、仮設校舎への一時的な移動の後修復されて、今日に至っている。
市川英俊(いちかわ・ひでとし)校長。児童数9名。

取材/西尾琢郎 撮影/齋藤浩・西尾琢郎
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。