小学校の実践事例

学びの成果を誰かに届ける試み 
〜「本物」にこだわった出版学習を見る〜 千葉県・我孫子市立新木小学校

限られた環境をカバーする工夫と運用

誇らしげな笑顔が印象的

たった1枚のフロッピーディスクでも、そこに自分の作品が収められていると思えばおろそかには扱わなくなる。誇らしげな笑顔が印象的だ。

プリンターに驚く子どもたち

見る間に面付けされ、両面印刷されたシートが出力されてくるプリンターに驚く子どもたち。ネットワーク環境の不調を補うため、教室内と廊下の2か所でプリント作業が行われた。

いよいよ作業のスタート。新木小の6年生は2学級、それぞれ40名弱からなっている。一方のコンピュータ室では、現在30台強のパソコンが稼働しており、残念ながら子どもたち全員に1台ずつのパソコンが行き渡らない状態だ。

もっともこれは、秋に予定されている設備刷新を前にした過渡的な状態だそうで、今回はすでにその役目を終えている旧式のデスクトップ機ではなく、ノートパソコンを使って授業が進められた。

この日の作業のために用意されたのは、2台のジェルジェットプリンター。教室内のネットワークが不調であったこともあり、教室の前半分の子どもたちは作品データをネットワーク上の所定のフォルダに保存し、先生のパソコンから印刷指示を実行。残る後ろ半分の子どもたちは、フロッピーディスクに作品を保存して廊下にスタンバイしている担任の先生のところへ持っていき、その場でプリントするという手はずだ。

機器の不足やネットワークの不調など、実際の授業ではよく直面することだが、こうした工夫で乗り切っていくようすに、臨機応変さも実践力の大切な要素だと実感させられた。

ただ、一部で手書きのイラストなども挿入された子どもたちの力作は、ときにフロッピーディスクの容量を上回るものになっており、子どもたちや先生も困惑する場面があった。メディアの表現力が向上するに伴って、記録媒体などの周辺環境も大容量、高速なものが求められるが、その整備には困難も多いようだ。

自分の「作品」を手にして

互いの作品を読みあう子どもたち1互いの作品を読みあう子どもたち2

作品が完成した子どもたちは別室で互いの作品を読み合う。クラスメイトの作品の仕上がりには興味津々だ。

今回使用したジェルジェットプリンターは、印刷時の設定で「冊子印刷」を選択することにより、印刷された用紙をそのまま折ってとじるだけで本ができあがるという優れもの。子どもたちもその便利さに目を見はっている。

作品ができあがった子どもたちは別室に移動し、互いの作品を交換しての読み合いに入っていった。1年生向けに作った本とはいえ、クラスメイトが作った作品だけに、興味津々で読みふけっている。

先生からは「友だちの本のいいところを探し合おうね」と声かけがあったが、そうした姿勢も、ここまでの編集会議などを通じて培われてきたものだ。

童話や昔話をサンプルとして読む学習を行ったためか、子どもたちの作品には童話のストーリーを自分の解釈で書き改めたものや、動物を主人公にしたものなどが多く見られた。そのいずれもに読み手である1年生への配慮が感じられたことに、私たちも心温まる思いだった。

そして何より、自分の作品を本の形に完成させた子どもたちの笑顔が達成感に満ちたものだったことが、この取り組みの意義を物語っていると言えるだろう。

子どもにこそ本物を学ばせたい

コンピュータは万能のツールではない

コンピュータは万能のツールではない。しかし、多くの子どもたちが目を輝かせて手を触れる道具であることは事実だ。この輝きを学習に生かしていきたい。

授業の終了後、野口先生にお話を伺うことができた。

「本作りという取り組みにはいろいろな要素がありますが、授業中の発言などではあまり目立たない子どもが、実にいい作品を作ったりするんですね。手書きにはもちろんそのよさがあるわけですが、コンピュータの活用で、字や絵が苦手な一部の子どもにとって、取り組みのハードルが下がることは間違いないと思います」

 

子どもたちが作った本

本物に触れた子どもたちが、それを目指して作った本。完成した本それ以上に、子どもたちが込めた思い、得た学びは大きい。

取り組みの流れ

授業でのコンピュータの活用にはいろいろな見方があるものの、要は子どもたちが自分の思いを表現できる選択肢が増えるのだと考えればよいのではないだろうか。また、道具としてのパソコンは、それ自体が多くの子どもの気持ちを引きつけることも見逃せない。この本作りの取り組みでも、授業時間では物足りなく感じた子どもたちが、自主的に朝7時から登校し、先生をせかしてコンピュータ室に駆け込んでいったという。子どもたちの中からわき出るこうした気持ちを、まっすぐに学習に生かせれば、それは大きな力となるはずだ。

「これは子どもに使える、使えないとか、できる、できないをあらかじめ決めてかかる必要はないと思うんですよ。私たちが思う以上に、子どもたちは『できる』んです」と野口先生。

ただし放任はダメだとも先生は言う。しっかりとした方向性を持った指導の中で体験を積ませることが重要だというのが野口先生の考えだ。

 「子どもだからこそ、本物に触れて学んでほしい。ですから今回の授業でも、奥付をはじめ、本の体裁をしっかり作ることにこだわりました。この取り組みを通じて、子どもたちは目的を持って本に触れる体験をしたわけですが、その成果ははっきりと現れていて、取り組み前には月に2〜3冊だった読書量が、取り組みを始めて以降は7〜8冊になりました」

自分が作る本をもっといいものにしたいという気持ちが、テーマを同じくするクラスメイトとの学び合いの中で共鳴し、さらに読書に励んでいくという好循環がここにはある。

◆我孫子市立新木小学校

千葉県の代表的な湖沼のひとつ手賀沼と関東地方随一の大河・利根川とに挟まれた肥沃な地域を占める我孫子市。新木小学校はその東部に位置し、周辺地域では宅地開発が活発に進められている。児童数531名。荻野敏夫校長。

取材/西尾琢郎 撮影/佐藤貴佳・西尾琢郎
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。