キャリア教育ヒントボックス

僕がまだ見たことのない小説を書きたい
作家 井上夢人さん

おかしなおかしな岡嶋二人

少年はやがて江戸川乱歩賞作家へ

とにかく映画を勉強したいと、学園紛争の最中、映画科のある多摩芸術学園に入学を果たした井上さん。しかし、入学後しばらくは混乱が続き、自主授業の毎日だったと言う。

自主授業は非常に楽しいものだった。が、授業が正常化した途端につまらなく思えてきてしまう。井上さんは早く実際の現場に出たいと思うようになり、半年ほ どで大学を中退。大学に講師として来ていた記録映画の監督を通じて、プロダクションに入社する。

助監督として鍛えられ、周囲の評価も上がってきた頃、思い切ってフリーになるものの、仕事はなく、バイトで生活する日々。そんな中、友人を通じて、のちに相棒となる徳山諄一氏と出会うことになる。

徳山氏とともに、岡嶋二人というペンネームで江戸川乱歩賞に応募、受賞、デビュー、そして岡嶋二人を解散するまでの流れは著書『おかしな二人』(講談社刊)に詳しい。

「とにかく当時、映像の仕事では食べていけなかった。相棒と一緒に江戸川乱歩賞に応募しようと決めたのも、『職業を得たい』という不純な動機からです」

1975年から7年の間、4度応募し、1982年、岡嶋二人は『焦茶色のパステル』で第28回江戸川乱歩賞を射止める。

小説を書くことは他人の立場に立つことと同じ

「小説の書き方なんて、何も知らなかった。でも、やると決めたら凝る性格なんですよ」

エラリー・クイーン選『日本傑作推理12選』を書き写したり、街中で人物観察をして文章でスケッチしたり、シナリオ・ライターの仕事をしたり。作文なんて 大嫌いだった少年は、大人になり、32歳で乱歩賞を受賞するまでの間、ただひたすら小説を書くための訓練を積んでいた。

光の差す書斎にて

「他人の文章を書き写していると、まず、小説を書くためのルールが分かる。カッコの前に句読点はいらないとか、クエスチョンマークの後ろは1マス空けるとか。そして次に、言葉のリズム、文章のリズムが見えてくる。さらに文章中の時間の流れも把握できるようになる」

小説を書くための訓練方法は色々あるだろう。決して、これがベストと言うことではないと井上さん。 そして、こう言葉をつなぐ。

「小説を書くために最も重要なこと、それは『他人(ひと)の立場に立ってものごとを考えること』です。だって、そうじゃなきゃ小説なんて書けないでしょ?」

国語は最も強力な「道具」

言葉には4種類あると井上さんは言う。その4種類とは「言い言葉」「聞き言葉」「書き言葉」「読み言葉」だ。

可愛らしい愛猫

「自分の小説の朗読版を聴いたんですけど、ちっとも頭に入ってこないんです。これは『読み言葉』と『聞き言葉』の違いですね」

これを理解していないと、自分の意思を上手く相手に伝えることができず、また、文章を思い通りに構成することもできない。

そして、文章は推敲することで良いものになっていくと井上さん。

「とにかく、何度も読み直して書き直すこと。国語の授業でも、夏休みの宿題の作文でも、書いて、提出して、先生に講評をもらって、終わり、じゃダメなんですよね。どうすれば良い文章になるか、そのプロセスが重要なんです」

国語は最も強力で、かつ一番身近にある道具であり、コミュニケーションツールであり、武器でも防具でもある。井上さんは、その道具を使いこなす方法が重要なのだと語る。

「インターネットだってそうでしょう。どうやってネットにアクセスするのか……なんて、そんなことは重要じゃない。何のためにネットにアクセスするのか、そこが重要なんです」

リアルな夢を見せる「I've Just Seen A Face」(邦題:夢の人)

1996年4月にWeb上で連載開始した『99人の最終電車』は、パソコンで読むことを前提としたハイパーテキスト小説だ。現在、その完結に向かって更新 をストップしているが、この作品は、パソコンという器に盛る料理=小説として、1つのカタチを提示している。井上シェフならではの、最高に美味しそうな1 品だ。

「とことん煮詰めて、ラストは自分の納得のいくカタチでドン!と出したい。でも、自分で決めた締め切りほど弱いものはない(苦笑)」

さらなる精力的な活動が楽しみ

人を驚かせることが大好きだと言う井上さんのこと、必ずや驚天動地の結末が待ち受けていることであろう。井上さんが納得するカタチで提供される料理を、楽しみに待ちたい。

「読者に、どれだけリアルな夢を見せられるかが鍵ですね」

井上さんが小説を書く上で、最もこだわっている部分がそこだ。

「僕の小説って、荒唐無稽な話が多いんです。でも、読んでいる間はそれを感じないでいてほしいんですね。読み終わってから、ふと『ウソじゃん!』と気付くような小説が、僕にとっての理想です」

まさに、読者を「夢」へといざなう案内人。「夢人」というペンネームは伊達ではない。

今後、どんな作品を書きたいですか?という問いに、井上さんはこう答えてくれた。

「僕の知らない小説を書きたいですね。僕が、まだ、見たこともないような小説を書きたい」

井上夢人さん

PROFILE
井上 夢人(いのうえ・ゆめひと)
1950年、福岡県に生まれる。現在、同い年の奥様と、3匹の猫とともに清里にて暮らす。小説すばるに「霊導師あや子」シリーズ短編を不定期掲載。また、 講談社BOOK倶楽部「ミステリーランド」の書き下ろしも執筆中。こちらは2005年1月配本予定。

取材/西尾真澄 撮影/西尾琢郎
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。