教育”新”動向
学習者レスポンス活用の試み
東洋英和女学院大学教授 塚本榮一(つかもと・えいいち)先生
熊本市立飽田東小学校教諭 前田康裕(まえだ・やすひろ)先生
岡山市立津島小学校教諭 三宅貴久子(みやけ・きくこ)先生
熊本市立健軍東小学校教諭 菅 建二(かん・けんじ)先生
一人ひとりの子どもの個性や能力、抱えている課題に柔軟に応えた学びを提供する「個に対応した教育」。その実現は、古くて新しい課題と言えるだろう。しかし、終身雇用制度の終えんなど社会の大きな変化を背景に、画一的な進路モデルや人生設計が成り立たなくなってきている今日、「個に対応した教育」への要請はかつてない高まりを見せている。
今回は、学習者が示す反応(=学習者レスポンス)を手がかりにした、よりよい授業の実現手法を研究している東洋英和女学院教授の塚本先生をお招きし、それぞれ小学校の現場で実践に取り組んでいる3人の先生方と、学習者レスポンスの効果的な活用について語っていただいた。
学習者レスポンス研究
その背景にあるもの──塚本先生

それでは最初に、私が現在、日本学術振興会の科研費を得て行っている研究についてご紹介させてください。ステレオタイプな表現になってしまいますが、最近 の大学生は反応に乏しいところがあります。授業というものは、学習者の反応を見ながら、それに応じて改善していくものだと思いますが、それが難しくなって きているのです。しかし、よくよく学生と話してみると、決して考えていないわけではないことが分かります。そこで、文章で書かせてみてはどうかと考えたの が研究のスタートです。
書かせること自体、学生の講義への参加意識を高める効果があるのですが、そうして書かせた文章を見ていくうちに、そこには何らかの傾向があるように思わ れてきたんですね。そこで発言の内容を吟味・分類する作業を始めたのです。
あるとき、そうした私の研究を見た心理学系の研究者から「あなたの研究はユングのタイプ論に似ているんじゃないか」と言われました。ユングは人間の心の はたらきを「感情」「思考」「感覚」「直観」の4つに分類しています。これは私の考えともよく一致したので、このうち「思考」を「理解」に、「直観」を「洞察」に置き換えた上で、どのような言葉を使っている学生がよい成績を収めているのかを検討することにしました。
これら4つの分類の中で、感情と理解、感覚と洞察とはそれぞれ対立軸をなしていて、前者を「合理の基軸」、後者を「非合理の基軸」と呼んでいます。ここでいう合理とは言葉で理由を説明できること、非合理とはそうでないものを指していますが、当初私は、成績上位の学生には合理の基軸に属するような言葉遣いが多いだろうと考えていました。
ところが、実際にはその逆で、成績上位の学生ほど、非合理の基軸に位置づけられるような言葉遣いが多かったのです。例えば「〜かもしれない」や「〜してみたい」など、学習対象について洞察したり自分と学習対象との関係について表現する言葉などがそれです。
一方、合理の基軸に位置するような「分かりました」といった言葉は、むしろ成績下位の学生に多いことが分かってきました。
以上が私の研究のアウトラインですが、ここから実際の授業改善に生かせる知見を引き出すには、まだまだ実事例が不足しています。そこで今日は学校現場で 活躍しておられる先生方の実践についてお聞かせいただければと思っています。よろしくお願いします。
書くことが磨く
子どもの自己評価能力──前田先生

塚本先生のお話を伺って、自分の実践の中での子どもの反応について考えてみますと、確かに成績のよい子は「分かった」「よかった」とは言わないものです。そしてむしろ「頑張ったのだけれども、準備不足でダメだった」「もっとこうすればよかった」といった反応が多い。それは、こうした子どもたちが自分や自分の学習を客観的に見ている、つまりメタ認知できているということなのだと思います。
このことから私は、逆に子どもたちが書く文章をそうした方向に導いていけば、メタ的な認知力を養うことができるのではないかと考えました。
そこで始めたのが、自分の学びを振り返る文章を毎時間書かせることです。総合的な学習や国語などでは、授業で身に付けるべき力が抽象的になりがちです。そこで、それらを具体的なものにした「評価基準表」を作りました。これが教師の評価にとってだけでなく、子どもの自己評価の指標になるわけです。
これを参考にすれば、子どもたち自身が「こういうことはできたけど、ここはできなかった」と、自分の学びを具体的に振り返れるようになっていきます。
もちろん書かせっぱなしではダメですから、よく書けているものにはその部分に「★」印をつけて返却するようにしています。何しろ毎時間のことですから、 このあたりが限界だとも言えますが、むしろ「あ、ここがよかったんだ」というのがハッキリ見えるというメリットもあるようですね。
「何のために」「どのように」
目標に即した振り返り──三宅先生
子どもに何かを書かせるとき、何のために書くのかをしっかり理解させなければ、単に書けと言われたから書く、書かなくてはならないから書く、ということになってしまう問題があります。
そのためにも前田先生のお話同様、まず授業の目標を明確にして、自分はその目標のために何をしたらいいのか、何ができて何ができないのかが分かるようにするのが大切です。さもないと振り返りを行っても、その内容があいまいに終わってしまうんです。そんな場合には、子どもの語彙(ごい)が乏しいとか、学習理解が足りないとかいう以前の問題として、授業に問題があったと思うんですね。
ですがその一方で、授業のあり方とは別に、実際に書けない子どもたちがいます。その子はなぜ書けないのか。どうしたら書けるようになるのか。
書けないことの理由として「字が下手だから」などの心理的なハードルもありますが、より大きいのは「どう書けばよいのか分からない」という悩みでした。 そこで、授業の目標やその達成度を具体的に示したルーブリックを作り、それに対する自分の学びの状況を書くように指導しています。ルーブリックの作成には、子どもたち自身が参加して、自分たちが分かる表現、納得できる内容になっていることがポイントです。
個々のルーブリックはS、A、B、Cの4段階で達成基準が具体的に示されています。ですから子どもたちは、「〜は達成できた」「〜ができなかった」と書 けるわけです。そして同時に、次のステップに進むために何をすればよいのかが示されていますから、「〜したい」といった意思表示に進んでいくことができま す。
書くという取り組みでは、その内容が形として残ります。だから子どもたちはじっくりと考えるようになる。また書いたものが積み上がっていくことで、1年 前の自分と今の自分をはっきりと比較できます。そうしてみると、間違いなく以前より書けるようになっている自分と出会えるんですね。書けるようになったという自己肯定感が、次の学習へのやる気になっていくのです。