キャリア教育ヒントボックス

もの造りからもの創りへ 〜化学研究者、商品企画に挑む〜
(株)モルテン スポーツ事業本部 新商品企画・開発グループ係長
池本 尚史(いけもと・ひさし)さん

感覚的な言葉を
数字に変換する

新商品企画の仕事について語る池本さん

もともと化学専攻で「試験管を振る毎日」を過ごし てきた池本さんだが、新商品企画の仕事はその生活を一変させた。「辛さや厳しさはありますが、もの を生み出す喜びはそれに勝るものがありますね」と 話す。

「この仕事では、学校の先生や子どもたちにはじまって、アマチュアやプロのスポーツ選手まで、たくさんの人に意見を聞いて回ることになります。中には超有名選手もいたりして、それがまた私のミーハー心を満たしてくれるんですが(笑)、実はプロ選手というのは筆を選ばないというか、与えられた道具をいかに使いこなすかというスタンスで努力する人たちですから、あまり意見が出てこないんです。そういう意味で、アマチュア選手や学校現場からの声はとても貴重ですね」と池本さん。

ところがそうしたリクエストも、そのままでは開発に生かすことはできない。なぜなら、ボールという、手や足で触れる道具に対する意見は「もっとやわらかく」「プレーしやすく」など、感覚的なものがほとんどだからだ。それを具体的な目標データに落とし込み、製品開発の方向付けに結びつけていかなくてはならないのだ。

「ある意味、無から有を生むようなものですから、辛いこともあります。ですが、だからこそ面白いとも言えます。自分がいなければ形にならなかっただろうアイデアが製品に結びついたときの喜びはひとしおですね」

新しもの好きの池本さん。それだけに自分自身が「新しい何か」を生み出すことができるこの仕事に、いつしか魅せられていったのだった。

企画と開発
行きつ戻りつ

こうして企画の仕事に新しい喜びを見いだしていった池本さんだが、2年後にはまたしても開発部門への異動が待っていた。内心では残念な思いもあったに違いないが、ひとたび物を生み出す喜びを味わった後に舞い戻った開発現場は、また別の視野を開いてくれたという。

「入社直後に研究開発を行っていたときには、お客さんの顔が見えていなかったな、と思ったんです。でもこれからは違う。そのときはハンドボールの担当になり、とにかくやる気満々で全力投球しました」

それまで天然皮革が常識だったハンドボールに合成皮革を使用して、より安価で、使いやすい製品を生み出したのはこのときだ。

「ハンドボールと言えば天然皮革だという既成概念を乗り越えるのは大変でしたが、それがお客さまの喜びにつながると確信していましたから頑張れました。それも開発だけやっていたらできなかったことかもしれませんね」

開発経験を土台に企画に挑み、さらにその経験を生かして開発を実らせる。池本さんは会社の期待に、そしてそれ以上に、よりよいボールを求めるユーザーの期待に見事応えたのだった。

そして2度目の開発部入りから3年、再度商品企画部門への異動が発令された。

モノからヒトへ
品質から笑顔へ

世界選手権用に開発され、見事正式採用されたバスケットボールを手に取る池本さん

「これまで携わった製品の中で一番の自信作は?」との問いに、迷うことなく手に取ってくれたのは、世界選手権用に開発され、見事正式採用されたバスケットボール。「それまで8枚のパネルで作られていたものを、12枚のパネルで構成するようにデザインされたもので、斬新なデザインと手になじむグリップ感が選手・バスケット愛好者に好評でした」と池本さん。

「2度目の商品企画担当にあたっては、2度目の研究開発がそうだったように、自分の経験をしっかり生かしたいと思いました」と池本さん。

新商品企画グループでは、毎月10以上、年間では150もの商品アイデアを出 さなくてはならない。その中で実際に商 品化されるのは10分の1以下だ。 ユーザーの声を聞き、それを基に多数の企画を練り、月に一度のプレゼンを通 してGOサインが出たもののみが開発へと回される。試作品が作られ、実際の現場で試用されるのと同時進行で価格・ 生産性などの検討がなされ、それらをク リアしてようやく、商品としてユーザーの目に触れることとなるのだ。そうした流れで作られる新製品は半年単位で投入され、店頭の商品も3カ月ほどのサイ クルで入れ替わっていく。

「企画にもスピードが求められる時代ですが、だからこそ、常にボールを使ってくれるユーザーの声に耳を傾けると同時に、それを開発・生産・販売する現場のことを視野に入れながらプランを立てていく必要があるのです。自分の経験が生かされていると思います」

ボールという製品を生み出す環境が、 これほどに激しいスピード感を求められるものだということを知るユーザーは、 一体どれほどいることだろうか。

「最初に研究開発を始めたとき、相手はモノであり、目標は品質でした。それが 企画という仕事を経て、私の相手はお客 さまというヒトになり、目指すのは商品を使っていただくこと、お客様に満足し ていただくことになりました。社会に出 たときの私は、ただ、好きな化学の研究 ができればいいという思いしかありませんでしたが、今思うのは、試験管を振っ ていただけではカズ(三浦知良選手)や ラモスに会えなかっただろうなということですね(笑)。一流の選手たちはもち ろんですが、全国あちこちで、私たちのボールを使ってくださっている皆さんとお話しできるのは、仕事のためというだけでなく、本当に楽しいんです」

そう話してくれた池本さん。そんな池本さんにとって、一番のアドバイザーは小学2年生になるお嬢さんだという。自分や、大人たちとは違う感覚でボールと 触れ合っている子どもの言葉は、常に新 鮮な刺激となって池本さんのアイデアを 活性化するのだ。今日も、そして明日も、 池本さんの好奇心から、新しいボールが生み出されて行くに違いない。

 

 

■モルテン http://www.molten.co.jp/

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取材・撮影/西尾琢郎
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。