キャリア教育ヒントボックス

もの造りからもの創りへ 〜化学研究者、商品企画に挑む〜
(株)モルテン スポーツ事業本部 新商品企画・開発グループ係長
池本 尚史(いけもと・ひさし)さん

試験管を片手に、化学研究の日々を大学で過ごした青年が就職したのはスポーツ用品メーカー。子ども時代にもあまり縁がなかったという「ボール」と向き合う日々が始まった。もの造りの現場に飛び込み、さらに今「もの創り」を目指す新製品企画マンの奮闘記を追った。

研究者を目指した
学生時代

ボールを手に熱く語る池本さんモルテンが生産しているボールは30種類にも及ぶ。そのどれもが個々のスポーツのルールや規定の枠内で、いかに選手にとって扱いやすく、さらに耐久性や経済性を向上させるかなど、常に競合製品と競い合っている。企画・開発現場のし烈さは私たちの想像を超えるものだった。

株式会社モルテンは、広島市に本社を置くゴム・樹脂製品メーカー。その製品は健康・介護用品から自動車部品、建設資材など広範に利用されているが、特にボールを中心としたスポーツ用品分野では、世界有数の技術力とシェアを誇るワールドワイドな企業だ。全国の学校でも、数々の球技を通じて同社のボールに親しんでいることだろう。

今回お話を伺った池本さんは、同社のスポーツ事業本部に所属し、新商品企画・開発グループの係長を務めている。商品企画やマーケティングというと、どちらかといえば文系的な能力が求められる印象を抱きがちだが、池本さんはもともと、有機化学を専門とした理系の工学部出身だ。

「この会社には、高校時代を過ごした広島の企業であることと、研究開発職の募集があったので入社したんです。正直なところ、スポーツと言えば剣道の経験くらいしかなくて、球技にはまったく無縁だったんですけどね」と池本さん。

そんな池本さんが飛び込んだ、ボールというものづくりの現場。そこには驚きの日々が待っていた。

試験管から
ボールを生み出す

入社当初は、希望通り開発部門に配属された池本さん。仕事の内容は、合成皮革などの物性(物理的な性質・特性)を研究し、商品としてのボールが必要とする素材を開発するというものだった。

「最初は、ボールという完成品に対してピンと来るものがありませんでした。何しろそれまでボールに触れる機会は学校の授業くらいでしたからね。仕事も実験室の中で、示された目標数値(弾力や耐久性など)を達成することが中心でしたから、ある意味、大学の研究室の延長線上で、ひたすら実験を繰り返す、という感じでした」

当時はそれで不満を感じることもなく、自ら望んだ研究開発の道を歩んでいると感じていた池本さんだったが、入社7年目にして、大きな転機が訪れることになる。

とまどいと
やりがい

1984年のロサンゼルス五輪で大活躍した、アメリカ代表チームのメンバーによるサインボール

「自分たちの製品が、世界の大舞台を支えている」そんな思いも、自称・ミーハーである池本さんのやる気の源泉だ。写真は、池本さんの入社前の製品だが、1984年のロサンゼルス五輪で大活躍した、アメリカ代表チームのメンバーによるサインボール。

旺盛な探求心で、開発担当として活躍していた池本さん。その池本さんに突如、企画部門への異動が命じられたのは30歳を前にした頃のことだ。

「驚きましたね。と同時に、とまどいました。何しろ仕事と言えば試験室での実験また実験でしたし。そこから出て、一体どんな仕事があるんだろうと思ったんです」

しかし、池本さんには研究に打ち込む顔とは別の面があった。

「もともと、新しもの好きでミーハーな面があったんですね。アイドル歌手のコンサートに出かけていくような学生でしたし、ボールについても、それまでは合成皮革という素材を通じての付き合いでしたが、改めてテレビなどでJリーグの試合などに見入ってみると、画面の中で活躍するスター選手たちが使うボールを作れるってことに、やりがいや喜びを感じるようになりました。ミーハーなところは以前のままだったわけですね」

かくして、それまで仕事とは試験室に詰め切りになることを意味した池本さんの生活は、「会社にいると怒られる」というほどに、オフィスから飛び出し、ユーザーの生の声を聞くことが中心にと、まさに180度転換したのだった。