キャリア教育ヒントボックス

自然を支えるもの・都会を活かすものへの想い
福島県職員 岸 正広さん

国家公務員として社会へ

修士課程の修了を控え、岸さんの脳裏には「やはり、農業にたずさわる仕事に就きたい」という気持ちが形をなしていた。しかし、日本には、農家に生まれた者以外が農業に就く上で、多くの見えざる障害がある。営農規模の制限や企業による農地取得の制限など、その形はさまざまだが、岸さんにとっての現実的な選択は、公務員として農業に関わっていく道だった。

その年、近畿地方の県庁職員試験と国家公務員試験に挑んだ岸さんだが、結果、農林水産省への就職が決まった。こうして、社会に出た岸さんと、職業としての農業との関わりが始まった。

東北への思いやまず

岸さんの最初の仕事は、農業の「統計」に関わるものだった。

中でも、天候被害などを数値化してまとめるという、大変に地道で、かつ重要な仕事だ。

「それまでの研究生活では、田んぼや苗と直に接していましたからね。数字と向き合うのには、ちょっと面食らいました」と岸さん。

PRイベントでは笑顔で対応

「それでも、1枚の田んぼ、目に入る地域という範囲でなく、もっと大きなスケールで農業を見る仕事ができたのは、とても有意義だったと思います」

国家公務員としての1年目を東京の本省で過ごした岸さんは、2年目を、福島県郡山市で同じく統計の業務に従事して過ごした。ここで改めて目を見開いたのが、東北の、福島県の自然の豊かさだったという。

「あぁ、帰ってきたんだな、と感じましたよ」

大学時代を過ごした東北の豊かな自然は、それほどに、岸さんの心の奥に根を張っていたのだ。

同時に強く実感したのは、東北の人々の心のあたたかさ。

「できるなら、この東北の人や土地の、もっと近くで働きたい」

抗しがたい思いが、岸さんの心の中で大きくなっていった1年だった。

翌年、岸さんは省庁間の人員交流による出向で、環境庁(現・環境省)の業務に就き、埼玉県でダイオキシンの分析に関する仕事に従事することになった。

しかし、その任地でも高まる思いは抑えきれず、お世話になった多くの人たちへの感謝と、申し訳ない気持ちとに後ろ髪をひかれながら、福島県庁職員となる道を選んだのだった。

グリーン・ツーリズムのすすめ

「そうまでして選んだ道だから、という気負いがあるわけではないんですが」

言葉を和らげながら、岸さんは続けた。

都市部の子どもたちが農業を体験

「私の仕事は、地域の農林業の振興に努めることですが、これは地域内で完結することじゃないんですね。それは、例えば東京のような大都市と、この山あいの土地が、お互いに欠かせないものとして支え合えるようにしていくことだと思っているんです」

取材の冒頭、広大な蕎麦畑で、岸さんが口にした言葉が蘇ってきた。

南会津地域で官民が一体となり、また、そのためのNPOまでが設立され、推進されているのが『グリーン・ツーリズム』だ。南会津農林事務所でも、その推進が地域の農林業の振興につながると考え、力を注いでいるという。

「都会の人が失ってしまいがちな、自然のリズムで過ごす生活を体験してもらおうというのが、この取り組みです」

シンプルな休日の田舎暮らしから、蕎麦打ち体験、農業・林業体験まで、そのメニューは実にさまざま。

そのどれもが、生の体験を通じて、この地域の持つ、数字では計れない豊かさを、都会暮らしの人々に伝えようという熱意にあふれている。この数年間、学校の校外活動の積極化などもあり、子どもたちをはじめとする多くの人が、この地域を「体験」しに訪れているという。

都会と地方を見渡して

取材の合間、昼食のために訪れた古い宿場町の蕎麦店『こめや』で、店主の吉村さんを交えた楽しい談笑の機会があった。吉村さんは、最近、著名な経済学者の著書の中にも取材対象として登場した「自分らしい暮らし」の実践者でもある。

吉村さんと談笑する岸さん

お店でいただいた美味しい蕎麦の話から、蕎麦粉の仕入れ、そして生産農家と共栄できる蕎麦店のあり方へと、岸さんと吉村さんの会話は、身の回りのことから地域の話題、広く農業の話にまで広がっていく。

これも岸さんの言う「あたたかさ」あるふれあいの1シーンだ。

岸さんは現在、南会津の農林業の「今」を、地域の内外に向けて発信する南会津農林事務所のホームページ作成や、紙媒体の「南会津のうりんニュース」の編集も担当している。

ホームページでは、南会津のうりんニュースをPDFで読むことができるほか、地域の特産品やグリーンツーリズムについての情報が提供されている。こうした業務にも、岸さんが大学で、ときには迷いつつも幅広く学んだことが活かされているに違いない。それはこれからも、岸さんの仕事を支えていく力になっていくのだろう。

岸 正広さん

PROFILE
岸 正広(きし・まさひろ)
1971年、大阪府に生まれる。「関西はホント、好きなんですけどね」と語る岸さんは、故郷を愛しながらも、東北の地に生きる道を選んだ。「どういうわけだか、ここの土地と人の魅力にやられちゃったんですよ」と話す笑顔には人なつこい魅力があふれていた。

福島県 南会津農林事務所

〒967-0004 福島県南会津郡田島町字根小屋甲4277-1
TEL:0463-73-0311
http://www.aff.pref.fukushima.jp/minamiaizu/
※南会津地方グリーン・ツーリズムについてのお問い合わせもこちらまで。

取材・撮影/西尾琢郎
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。