キャリア教育ヒントボックス

熱い思いで自然体を貫いた25年
〜絵本の素晴らしさを伝える子どもの本屋さん
児童書専門店経営 横山 眞佐子さん

賛同者のあたたかい協力で 新店舗がオープン

“大繁盛”とまではいかないものの、横山さんのチョイスした絵本を支持する固定客は着実に増えていった。オープンから8年が過ぎる頃になると、5坪の店の本棚はいっぱいになり、仕入れた本も並べきれずに店内に積み上がる状態になる。

そんなある日、横山さんに本棚が倒れかかってきた。
「本で死ねたら本望なんて、冗談を言っていたのですが(笑)、このままでは本を増やすことができませんし、お客さんにも迷惑がかかる。あまりに狭くて子どもが母親に『早く帰ろう』とせがむ姿を見て、限界を感じました」

「こどもの広場」へようこそ

しかし、移転となると、新たな資金が必要となる。どう工面するか思案していると、教育評論家の故・遠藤豊吉氏が「私も資金を出しますから、みなさんから出資を募って株式会社にしなさい」と提案してくれた。

横山さんは開店当初から、絵本や児童書に関する講演会やシンポジウムを開催してきた。「子どもたちが本を読まないのは、今の教育が間違っているからだ」という横山さんの思いに共鳴した著名人に下関まで足を運んでもらい、啓蒙活動を展開していたのだ。遠藤氏も横山さんの思いに賛同した多くの著名人のひとりだった。

遠藤氏のアドバイスに従って、出資を募ったところ、絵本作家や詩人、さまざまな分野で活躍する横山さんの友人たち30人以上が手をあげてくれた。集まった資金で現在の店舗をオープン。その場所も知人が「使っていない倉庫があるから」と、低料金での賃貸を申し出てくれたものだ。

こうして、横山さんの思いが詰まった30坪のあたたかいスペースが誕生した。現在は絵本を愛する3人のスタッフも加わり、地域のお母さんたちとの絵本を通した交流の輪がさらに広がっている。横山さんは
「今まで続けることができたのは、まわりの人の助けがあったから」
とさらりと語る。しかし、自らの夢、思い、信条を貫き通すのは容易なことではない。そして、それらを肩肘張ることなく、自然体で表現してきたからこそ、素晴らしい仲間たちが横山さんを支え続けたのだろう。

感動を忘れた子どもたちに 本の楽しさを伝えたい

横山さんは10年ほど前から、書店経営以外に33つの取り組みに力を注いでいる。

1つ目は海外絵本作家の展覧会の企画だ。年に1回のペースで展覧会のパートナーとヨーロッパへ赴いて作品を選び、日本全国で展覧会を開催している。横山さんはその目的を次のように語る。

ブックトークで子ども達に本の楽しさを

「みんなに、本物の素晴らしさを知ってほしい。読み継がれている作品は100年前の絵本でも、まったく古さを感じません。また、現在の日本の作家は1カ月に1作を仕上げなければ生活できないシステムの中で創作しています。量産して薄利多売しなければならないのが現実ですが、それでも時代を超えて愛される作品を産み出そうという心を忘れないでほしい。そうした意味でも名作に学ぶべき点はたくさんあると思います」

2つ目の取り組みは、《大人が子どもに学ぼう》をテーマにした1泊2日のシンポジウムの開催。

この企画には親子で参加するのだが、大人と子どもは別行動をとる。大人は講演会や分科会に参加。その間、子どもたちは地図を片手に宝探しをしたり、彫刻家と一緒に海辺に巨大な砂のダムを造って、最後にそれを壊すといった“小さな冒険”を体験する。

「今の子どもたちはさまざまな“遊び”を簡単に手に入れることができますが、それだけに達成感を得ることが難しくなっているように思えます。そんな子どもたちも、他者と協力しながらひとつの目的をやり遂げる感動を味わうと、帰る頃には見違えるように自立しています。まったくの夢ですが、遊びを通して自分自身の力を認められるような体験ができる、子どものためのカレッジを運営できればいいな、と考えています」

そして、もうひとつ、横山さんと「こどもの広場」のスタッフが全身全霊を投入して取り組んでいるのが、小学校を回って開催する“ブックトーク”だ。

今から12年前、横山さんはある小学校の図書室を見て驚いた。日に焼けた本が並ぶ棚には、子どもたちの興味をそそるものはほとんどない。そこで、横山さんは図書室に入れる本を子どもたち自身に選ばせることを提案する。図書室に足りない本を調べ、ジャンル別リストを作ると、その数は実に600冊にも及んだ。

引き込まれていく子どもたち

多目的室や体育館で、すべての本を表紙が見えるように並べた後、横山さんやスタッフが、おすすめの本を紹介する。低学年には全部読んで聞かせる。中学年より上の子どもたちには、あらすじを紹介して、クライマックスの直前で「後は自分で読んで」と、興味を引き出す。

本に対する強い関心を持たせたうえで、子どもたち自身に“図書室に入れたい本”を選ばせる。子どもたちも先生もひとり3票。票数の多いものから、予算の許す限り図書室に納入される。子どもたちが選んだ本が並んだ図書室は、見違えるほど賑わうのだという。

横山さんが2002年に訪れた下関の小学校は30校以上、実に1万人以上の子どもたちに、本の素晴らしさを語りかけた。
「ブックトークを始めると、子どもたちの目は急に生き生きとしてきます。最近の子どもたちは本が嫌い、というのは私たち大人のステレオタイプなイメージなんですね」
と話す横山さん。その瞳は、まるで大好きな絵本に見入る少女のように輝いていた。

「こどもの広場」

こどもの本の専門店「こどもの広場」
現店舗は倉庫をリニューアル。靴を脱いであがる店内には、お母さんや子どもたちがくつろげるスペースも設置している。また、子ども達の成長に沿って毎月本を届ける「ブッククラブ」も好評。全国各地〜海外発送もOKだ。

山口県下関市幸町7−13 TEL: 0832-32-7956
http://www.kodomonohiroba.co.jp/


横山眞佐子さん

PROFILE
横山眞佐子(よこやま・まさこ)

下関の高校を卒業後、東京学芸大学農学部に入学するが、思うことあって中退。1977年、29歳のときに児童書専門店「こどもの広場」を開店。シンポジウムや展覧会の開催、小学校を回るブックトークなど幅広い活動を展開する。

 

取材・文/元木哲三 撮影/山田瑞穂
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。

横山さんに会える本
子育て絵本相談室

こまったときの絵本だのみ
子育て絵本相談室
(ポプラ社)

横山さんと、絵本作家の村中李衣さんが素敵な絵本について語る対談集。友達と仲良くなれる絵本や、子どもと会話がはずむお父さんの絵本とは?

人生ではじめて出会う絵本100

人生ではじめて出会う
絵本100
(平凡社)

絵本の世界の達人たちが「あかちゃんのための50冊」「おとなのための50冊」を紹介。横山さんは作家や編集者とともにプロデュースを手がけた。

読み語り絵本100

読み語り絵本100
(平凡社)

各界の著名人自身が感銘を受けた絵本を紹介。横山さんは2冊の絵本を通して幼い頃の思い出を語っている。ブックトークについてのレポートも。