キャリア教育ヒントボックス

明確な目標に向かってたゆまぬ努力を続ける
ポップで地道な個性派理容師
ヘアデザイナー 二瓶博信さん

寝る間も惜しんで練習に明け暮れた日々

軽やかな手さばきは長い修行のたまもの

専門学校で1年間基礎を学んだ後、東京に4店舗を展開する江戸川区のヘアサロンに入店する。

理容師に求められるのは、なんといっても技術力。当然、技術が身につくまでは、修行の身である。誰よりも早く店に入り、掃除、開店準備をし、営業時間はシャンプーと雑用、夜は後かたづけ、という日々が3年間続いた。

いまや、まさに“練習の虫”そのものである二瓶さんだが、
「その頃は、単純な作業の繰り返しに、いつも腹立たしい気分で仕事をしていたし、練習も真剣に取り組んでいませんでした」
という。

そんな二瓶さんを変えたのは、練習もろくにしていない先輩から仕事の不備を指摘されたこと。それが悔しくて仕方がなかった。以来、1日でも早く先輩を追い抜こうと、閉店後も寮には帰らず、夜中3時過ぎまでカットの練習に没頭。また、下積みの仕事も全身全霊で取り組むようになる。

そうした努力が認められて、4年目には店長に、6年目には全店を統括するマネージャーに就任。二瓶さんは着実にステップを上っていった。

コンクール入賞をモチベーションに

二瓶さんの猛練習を支えたのは、先輩に追いつきたいという気持ちに加え、理容師のコンクールで入賞するという目標だった。コンクールヘの参加はサロンの方針で、二瓶さんも入店1年目から出場したが、なかなか思うような結果が出ない。

「毎日、遅くまで、休日も返上して練習しているのに、なぜ勝てないんだろう」
二瓶さんは悩んだ。

トロフィーとともにお得意のポーズ

あるとき、“入賞する人たちは、ぼくが眠っている間にも練習しているに違いない”と考えた。それから、さらに練習時間を増やしていく。当時は勝ちたい一心で、眠気を感じることもなかったという。

初めての入賞は6年目のとき。しかも、いきなり優勝の栄冠に輝いた。全国大会は13科目あり、延べ600人ほどが出場するが、そのなかで総合優勝を勝ち得たのだ。

「上位入賞常連者が顔を連ねるなかで、自分の名前が呼ばれたときは、本当に信じられない気持ちでした」

しかし、その後は連続3大会、4位の座に甘んじた。以前にも増して練習を積んでいるのに、結果がついてこない。悩みと葛藤の苦しい日々が続く。

優勝するために理容師になったんじゃない!

そんなとき、ふと新聞に掲載されていた巨人軍の松井選手のコラムが目にとまる。

彼は当時、スランプから脱出できず苦しんでいたのだが、そこには『ぼくはいつからこんな選手になってしまったんだろう。タイトルや成績ばかりに目を奪われて、野球が好きだった少年の頃の気持ちはとこにいったんだろう』という内容がつづられていた。

この言葉にニ瓶さんは強い共感を覚える。

「ぼくも勝ちに捕らわれていたことに気づきました。コンクールで優勝するために理容師になったんじゃない。そう思えるようになると、ふっと肩の荷が下りました」

かつての苦難の道を語る

新たな心境にいたったことで、ようやく1位に返り咲くことができた二瓶さんだが、その後は、また勝利への欲が出てしまい、今度は2位が続く。

「チャンピオンなんだから、絶対に勝たなければならない、というプレッシャーに負けていたのです。このときは、その前のスランプよりも苦しかったですね」

そこで、二瓶さんは大会当日にコンセントレーションを高めるための独自の方法を編み出す。

誰よりも早く会場入りし、イメージトレーニングを重ねる。実技の開始までは分刻みでスケジュールを立て、まるで座禅を組むように呼吸を整えていく。

この方法により、戦いのスタートと同時に練習の成果を100%発揮できるようになり、25歳から31歳までの6年間、さまざまなコンクールで賞を総ナメにしていく。

コンクールでの優勝という明確な目標は、スキルアップのための励みとなり、受賞を重ねた経験は、強い自信につながっていった。

また、サポートをしてくれた人たちへ感謝の気持ちを持てたことで、支援者の輪がさらに広がり、二瓶さんのもとには「チェーンの責任者に」「新店舗をまかせたい」といったさまざまな引き合いが来るようになった。

ただ、コンクールヘ向けた練習に打ち込んでいた二瓶さんは、物理的にも、精神的にも、そうした申し出に応えることができなかった。

既存店を引き継ぎ命がけのスタートアップ

目標としていた賞を獲得してコンクールからの引退を決めたとき、タイミング良く、オーナーが高齢のためにリタイアを考えている店舗を引き継いでみないか、という話が舞い込んできた。古い設備の店で、活気も失われていたが、場所は間違いなく素晴らしい。

「ぼくが引き継げば、きっと息を吹き返すと考えました。そして、そのためにできることはすべてやり尽くすと心に誓ったんです」

まず、引き継ぎの1ヵ月前から、毎日店舗を訪れ、街の雰囲気やビル内の人の流れを徹底的に把握。ビラ配りや、近隣のオフィスビルヘのポスティングも実行した。

「このとき郵便屋さんの苦労がわかりました(笑)。これまでの預金と借金を合わせても、家賃の3ヵ月分しかありませんでしたから、もう命がけですよ」

店を引き継ぐと、小物や植物を置いて雰囲気を変え、店が暇なときは、店舗の外まで掃除をした。果たして、いざ、ふたを開けてみると、オープン初月から、予想以上の売り上げを叩き出し、翌月からも少しずつ客数が伸びていった。

店名を変更し、リスタート

顧客管理にはパソコンを利用

そしてこの6月、正式に営業権を譲り受け、店名を「need's」に変更し、新たな第一歩を踏み出した。店名は「お客様のさまざまな要望に、しっかりと応えることのできる店でありたい」との思いから名付けた。

現在のところ多店化する意思はないが、ともに成長していきたいと考える若い人がいれば、マッサージ師やネイルアーティストが、店内でサービスを提供できるようにしていきたいと考えている。

これは二瓶さんの、次の世代につなぐ上台を作りたいという思いと、顧客満足が向上するものなら、なんでも柔軟に取り入れようという姿勢からだ。

また、二瓶さんにはもうひとつ、胸に秘めた思いがある。

それは40歳代で再度、コンクールに出場すること。

「年齢を重ねると、勝つことへのモチベーションを持続することが難しいので、コンクールの中心は若い世代です。それでも、ぼくは優勝する自信がありますよ」

常に厳しい環境のなかに身を置き、目標を定めたら脇目もふらず努力を積み重ねる。

壁にぶち当たれば、真剣に悩み、決してあきらめることなく解決の糸目を探る。 そして、勝ち得た結果を、ひとつずつ自信に変えていく。

そんな二瓶さんのスタイルは、まさに夢を実現するための「成功の法則」にほかならない。

二瓶博信さん

PROFILE
二瓶博信(にへい・ひろのぶ)

1968年6月14日生まれ。千葉県の高校を卒業後、日暮里の国際理容美容専門学校に入学。卒業後、東京にチェーン展開するヘアサロンに入店し、13年間務める。数々のコンクールで優勝を果たし、一昨年11月、満を持して独立。今年6月、「need's」を開店。

取材・文/元木哲三 撮影/前川紀子
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。