中学・高校の実践事例

ロボット作りが導く心の成長 
〜競い合いの向こうにある達成感・充実感を目指して〜 熊本県・御船町立御船中学校

大会直前の授業にて

「ものづくりは人づくり」と横断幕が掲げられた技術教室

教室に入るや目に飛び込んできたのは、 「ものづくりは人づくり」の横断幕だった。まだ授業開始までには間があったが、生徒たちは次々と教室にやって来て、私たちに 「こんにちは」と元気に挨拶し、各々製作中のロボットに向かっていく。
  やがて授業開始の時間になると、生徒たちは作業の手を止め、着席して始業の礼を行った。

「今日の授業は、県大会前の最後の授業になります。ここまでの作業で、ほとんどのロボットが完成に近づいていると思うけれど、ここから先はロボットにデザイン的な要素を加えて、自分たちの個性を出していってみてください」
と大塚先生。

 

オリジナリティあふれるロボットたち

教室の中央には、昨年の活動で作られたロボットが誇らしげに立ち並んでいる。どれも個性豊かな装飾が施された見事なもの。 「恐竜の町」を標榜する御船町ならではの 「ミフネリュウ」と名付けられたロボットや、ボディ全体が白と黒の市松模様に覆われたロボットなど、オリジナリティにもセンスにも唸らされるものばかりだ。
  早速作業に取りかかる生徒たち。作業は2〜5名程度のグループで進められるが、それぞれが得意な作業を分業して行っていることに気づく。

昨年、数々の大会で活躍したロボットたち。込められた多くの工夫とあふれる個性は、次の学年のロボット作りにも引き継がれ、生かされていく。

 

作業に励む生徒たちは真剣そのもの

「この子はね、ハンダ付けをさせたら右に出るものなしなんですよ」
  大塚先生が目を細めて言う。本人は恥ずかしそうに首をすくめているが、グループのメンバーも笑顔でうなずいている。
  自分の何かを認められ、それを発揮できる体験。先生の言うロボット作りの効用がここにも見える。生徒たちの居場所は、確かにここにあるのだ。

教室の一角では、大会本番と同様にしつらえたコートで、実戦形式のテストが始められた。一戦一戦を戦いながら、各部の調整や、操縦方法の検討などが進められていく。
  県大会までは残すところ約1週間。追い込みの作業は授業時間内で終わるはずもなく、生徒たちは休み時間や放課後、果ては早朝に登校し、始業時間までの時間を自発的に惜しみなくロボット作りに注いでいるという。

授業は、生徒たちの作業にどうにか一区切りをつける形で終了。生徒たちは、他の授業を受けた上で、ほんの数時間後にはまたここに戻り、一心不乱に作業を続けていくのだろう。

中学ロボコンが目指すもの

中学校でのロボット作り、ロボットコンテストの開催は、青森県や広島県などの一部の学校で、熱意あふれる先生によってその先鞭がつけられた。その背景に、テレビなどのメディアで取り上げられ、話題になった高専や大学でのロボコンがあることは事実だ。しかしそれらをそのまま中学校に持ち込んだのでは実践は成立しない。
  技術の習熟や高度化そのものが目的となる高専や大学とは違い、もの作りを媒介にして引き出される心の動きにこそ重きが置かれるからだ。

みんなでロボットの完成度をあげていく

「だから、ルール作りには本当に苦労します。いかに多様な生徒たちの工夫を引き出せるか、同じひとつの答えに集約されてしまうようなものにならないように注意しています」と大塚先生。

苦心はルール作りにとどまらない。どんな緻密なルールを作ってみても、その盲点を突き、競技相手の邪魔をした方が得というような部分が出てきてしまう。高専以上のロボコンでは、それを発見し利用することが、工夫として認められている面があるが、中学ロボコンの精神はそれをよしとしない。大切なのは堂々と競い合うこと。
  相手の妨害でなく、自分の得点のための工夫だ。大塚先生は言う。

「生徒たちの気づきやアイディアはどれも貴重です。本当はそれがどんなものであれ、生かしてやりたいんです。ですが中学ロボコンでは、全体の中で大切にしなくてはならないものがあります。そのために、あえてネガティブな工夫にはダメ出しをすることもあります。ここが辛いところですね」

実践の流れ

そして大会での評価についても、競技順位とは別に、もっとも上位の賞として 「ロボコン大賞」が設けられている。ロボットに注がれた創意工夫や、そのパフォーマンスなどを総合的に勘案し決定されるものだ。 「勝ち負けより大切なもの」がハッキリと形として示されているのだ。

実践形式のテストは本番さながら

 

しかし、こうした実践上の苦労は、確実にその実を結んでいる。自分に自信を持てなかった生徒が、ロボット作りを通じて変わり、クラス代議員に選ばれたこと。ロボコンを体験した女子生徒が工業大学を進路に選び、見事それを実現したことなど。
   「子どもたちがこの取り組みに打ち込んで生まれたエネルギーをクラスで出せるようになれば……。そうさせていくことが私の役割だと思っているんですよ」と大塚先生。

物に対する接し方も変わった。
  製作途中のロボットは大変にデリケートで、特に手作りのタイヤ部分は、使用しているスポンジが重みで変形しやすい。生徒たちは作業を中断するとき、自然とその車輪を浮かせて、大切にロボットを格納するようになったという。技術教室の片隅には、これまでの授業で使われた廃材などが積み上げられているが、生徒たちはここから、自分たちのロボットをよりよくするための部材を次々に見つけ出す。 「以前はゴミの山だったものが、今では宝の山ですよ」と大塚先生は笑うが、これも生徒たちの目に、今までは見えなかったものが見えてきたということに違いない。

御船中生、奮戦!

操縦する生徒の工夫や作戦も大切!

取材の数日後、御船中の生徒たちは、創造アイデアロボットコンテスト熊本県大会に挑んだ。参加チームは123、生徒数は460名にのぼる盛会の中、御船中からはA1部門4チーム、A2部門2チーム、B部門2チーム、C部門2チームが出場。A1部門、A2部門で2年生が優勝、A1・B部門敢闘賞を3年生が受賞。B部門で3年生、A2部門で2年生がアイデア賞を受賞。C部門で2年生がパフォーマンス賞を受賞。さらに、ロボコン大賞を獲得するなど大活躍した。

打ち込む体験、認められる体験、力を合わせる体験。成功も失敗も、大きな財産になっていく。
  単なる技術実践の枠を大きく超えた、 「心を育てる」効果を目の当たりにして、中学校でのロボコン実践の今後に、大きな期待を抱かずにはいられなくなった今回の取材だった。


◆御船町立御船中学校

熊本市から約16kmの距離に位置する御船町は、人口18,000人あまりの町だ。同町にある2つの中学校の一つである御船中学校では、自律・創造・友愛の三綱領のもと、生徒の可能性を引き出す教育に励んでいる。田上良克校長。生徒数491名。

取材・文/西尾琢郎 撮影/佐藤貴佳
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。