キャリア教育ヒントボックス

人が好き だから、その暮らしを守りたい
沖縄県警察警部 豊見城警察署交通課課長
島田 ちさ子(しまだ・ちさこ)さん

"私にできること"を求めて

操作の指示にあたる島田さん

取材中であろうと事件事故は待ってくれない。中座して捜査の指示にあたる島田さん。男性警察官たちの中にあっても、その存在感はゆるぎない。

警察の職場でも情報機器の活用は欠かせない

今日、警察の職場でも情報機器の活用は欠かせない。犯罪手口の巧妙化・高度化とそれに対して日進月歩する科学捜査手法など、警察官も「日々これ勉強ですよ」と島田さんは言う。

島田さんはその後、交通課に異動して、それまで米国風だった沖縄の交通ルールの大変更(右側通行→左側通行へ)に取り組み、また、鑑識課で多くの事故事件とその検視を行うなど、警察官としての幅広い仕事に出会い、体当たりでそれらをこなしていった。

そんな島田さんにも、社会人、組織人としての悩みはあったという。
「職場の、いわゆる人間関係っていうんでしょうか、そんな愚痴をこぼしていたら、当時の上司に『それなら昇任試験を受けてみたらどうだ』と言われたんですよ。それを聞いて、あ、女でも試験受けていいんだ、って気づいたんです」

意を決して昇任のための勉強を始めてみると、改めて多くのことに目を見開かされることになった。
「いろいろな部署でたくさんの仕事をしてきたつもりだったんですが、勉強を始めてみると、まだまだ知らないことが山ほどあることが分かったんですね。これは勉強しなくっちゃ、と」

島田さんは見事、昭和58年に巡査部長に昇任したが「もっと勉強」の気持ちは高まる一方だった。そこで、法律について学ぶため、激務の合間をぬって短期大学へと入学。近年はやりのキャリアアップを目指す社会人大学生としても先達だったことになる。

その後約10年おきに昇任のハードルを越えてきた島田さん。平成14年には「女性初」の警部昇任となった。

「実は私、独身で子どもはいないんですよ。でもね、同僚の女性警官の多くは、家庭や子育てをこなしながら、地域のために頑張っているんです。それを見て、私も私にできることを頑張らなくては、と思ったんですね」

女性だから頑張ってこられた、と冒頭に話してくれた島田さんの原動力は、犯罪被害に遭った人たちの悲しみや憤りであり、また、そのように頑張る同僚たちの姿だったのに違いない。そして同時に、島田さんの姿は後に続く女性警察官の目標とも励みともなっていったのだった。

人に興味を持ち続けたい

車社会の沖縄県では飲酒運転などの取り締まりにも力を入れている

一部を除いて鉄道がなく、クルマ社会である沖縄県では、飲酒運転などの取り締まりにも力を入れている。交通課課長である島田さんの無事故への願いは、ひときわ強い。

数々の苦労話もユーモアを交えながら笑顔で話してくれる島田さん

数々の苦労話も、ユーモアを交えながら笑顔で話してくれる島田さん。この明るさが、激務を乗り越える秘けつであり、また、接する人たちをいやす力にもなるのだ。

警察官はもちろん楽な仕事ではない。しかし、地域とそこに住む人たちの暮らしを守ることのやりがいはこの上なく大きいものだ。そんな警察の仕事に向いているのは、どんな子どもなのだろう。

「とにかく元気な子かな。タフでへこたれない身体と心が必要です。小さなことにこだわらない大らかさも大切。人と接するのが好きで、物おじしない、引っ込み思案にならない子がいいですね。どんな人とも話をしなくちゃならない仕事だから」

そう話す島田さん自身、何より人が好きなのだ。

「人に優しい、人から信頼される警察官になりたいと思っています。もちろん優しさは甘さのことじゃありません。むしろ毅然として、法は法として大切にしながら、それがたくさんの人の幸せにつながったり、被害に遭う人が減るような方法をいつも考えていきたいんです」

厳格さが求められる警察官として、その目指す姿を「優しさ」と表現するところが実に島田さんらしい。

「この仕事は生き物みたいに変わっていく世の中が相手だから、勉強にも終わりがありません。いつでもいろいろなことに興味をもって、本を読み、人と話すことで『バカの壁』を作らないようにしたいですね」

ごもっとも! これは警察官だけでなく、誰もが座右に置くべき一言だろう。

 

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※本文中の情報は、すべて取材時のものです。