キャリア教育ヒントボックス

料理は思いやり 一番好きなことを仕事に選んだ幸せ
オーナーシェフ 長尾 和子さん

料理を作ることが好きだし、楽しいし、幸せ

厳しくも実りあるリヨンでの3年間の修行を経て、長尾さんは日本に戻った。

しかし、そこで再びぶつかる「女性」の壁。ウエイトレスとして雇ってくれる店はあっても、料理人として雇ってくれる店は、当時この国にはなかった。

ラクーアへの想いを語る岡元さん

そんな長尾さんに、自分で店を持ってはどうか、厨房のコックを束ね、自ら経営するオーナーシェフになってみてはどうかと、またしても援助を申し出てくれたのは父だった。

「いつも、何事も経験だと言ってくれていた父には頭が上がりません」

甘えられるうちに甘えておいたら?という姉の言葉にも助けられ、1979年の6月、フランス料理店「マリークロード」が東京は六本木にオープンした。女性オーナーシェフの誕生である。長尾さん30歳の初夏の日だった。

「お嬢様芸と言われるかもしれないけれど、私にはこれしかないと思ったんです。何より料理を作ることが好きだし、楽しいし、幸せなんです」

多忙な日々 開店5年で店は軌道に

朝は6時に起き、帳簿をつけ、飼っていたシーズー犬と散歩し、犬とともに朝食を済ませ、8時には店に出向き、掃除をし、下準備をして9時。ランチの支度を始め、11時半に開店。14時〜16時の休憩を挟み、16時半から23時まで営業、それから後片付け……と、書き連ねるだけでも過酷な仕事。それでも、料理をしていること自体が楽しく、休みの日には犬と遊ぶことで癒されていたいう。

開店1年目は赤字だった「マリークロード」も、2年目には黒字となり、従業員も増え、5年目にはコックが6人にまで増えていた。8年が過ぎた頃には父からの借金も完済。バブル景気に乗り、店の経営も順調で、NHKの「きょうの料理」へ出演依頼があったのもこのころだ。1993年から1999年の間に、長尾さんは計5回ほど出演している。シェフになりたい女性が実際に「マリークロード」へ見学に来るほどだったという。

しかし、好況は長くは続かなかった。

閉店、休養 そして再開へ

バブルがはじけ、経営が悪化してゆく中、1994年、最愛の父がこの世を去る。犬に語りかける愚痴ばかりが増え、そのストレスから犬が食欲を失い、病気になってしまったほどだという。
「犬の目を見て愚痴を言っちゃダメなんですね。涙を見せちゃダメなんです。犬は飼い主の心をとてもよく分かっているんです」

マリークロード

1995年、17年間走り続けてきた「マリークロード」を閉めることに決めた長尾さん。心身ともに疲れていることを自覚し、帰っておいでという母の言葉に頷き、経営者として従業員の受け入れ先を世話したのち、店を閉め、実家のある二宮へ身を寄せた。

「でも、二宮へ帰ってきて、1年も休まないうちに、またやりたくてやりたくてしょうがなくなってきちゃったんです。やっぱり好きなんですね(笑)」

料理が好き。その気持ちを新たにした長尾さんは、「マリークロード」の再開を決意する。

実家の1階を改装し、1997年1月、二宮に「マリークロード」がオープンした。青い海によく似合う、黄色を基調とした爽やかな内装。テラス席に降り注ぐ陽光。都心とは違う穏やかな時の流れがそこにはある。

もう一度犬とともに東京で店を持ちたい

「食材からして違うんです。鮮度が違う、匂いが違う、味が違う。しかも、どれもとても繊細な味なんです」

二宮の土が育てるおいしい野菜、とれたての新鮮な魚介。それら繊細な食材を活かすべく、料理法を考えるのが楽しくて仕方がないのだと長尾さん。それでも、いつかはもう一度、東京にお店を持ちたいのだと語る。

スタッフのみなさん

「私、何だかんだ言っても東京が好きなんです。東京で、またお店を開きたい。私1人で切り盛りする、カウンターのみの小さなお店でいいんです。自分勝手に、わがままのできるお店にしたいですね」

夢を語る長尾さんの大きな目は、とても魅力的だ。

「以前の六本木のお店はサントリーホールに近かったんですけれど、コンサートを引けたお客さんが軽く食事できるようなお店が周りになかったんですよ。簡単にスープとか、ワインとか飲めるようなお店が、ね。だから、冬だったらオニオングラタンスープを食べて暖まって、ワイン1杯飲んで、コンサートの余韻を楽しみながら、最終電車で帰る……そんなお店を持ちたいんです。そして、また犬を飼いたい」

18年間連れ添ったシーズー犬を、3年前に老衰で亡くした長尾さん。

「犬は時に友達であり、旦那さんでもありました。私は体が小さいし、大きな犬を連れ歩くのは難しいので、また小型犬を飼いたいですね。東京にお店を持って、犬を飼う。それが今の私の夢なんです」

長尾 和子さん

PROFILE
長尾 和子(ながお・かずこ)
1948年、東京都中野区に生まれる。 「シェフになっていなかったら、獣医になっていたかもしれません」と語るほど犬が好き。趣味=仕事であることに対して、「自分の好きなことをしてお金をいただけるのですから幸せです。お金儲けは下手ですけどね」と笑う。

レストラン マリークロード
〒259-0124 神奈川県中郡二宮町山西35 TEL:0463-73-0311

取材・文/西尾真澄 撮影/齊藤 浩
※本文中の情報は、すべて取材時のものです。