キャリア教育ヒントボックス

純粋に空を飛べることが喜び
〜夢を翼に大空を舞う パイロットという仕事
副操縦士 篠宮 治郎さん

ジャンボジェット機を操縦し、世界中の空を飛び回る。子どもたち、とくに男の子にとってパイロットは、いつの時代も変わらないあこがれの職業。全日空の副操縦士、篠宮治郎さんも、幼い頃に抱いた“空への夢”を持ち続け、それを現実に変えたひとりだ。

自然の変化を先読みし 最適のフライトを実現

大阪空港の発着カウンターは、旅を前に興奮気味の人たちや、慌ただしく手続きを済ませるビジネスパーソンの活気であふれ、空港独特の華やいだ雰囲気をかもし出している。

制服姿の篠宮さんは背筋をピンと伸ばし、多くの人が行き交うなかを颯爽と歩いてきた。
その優しいまなざし、落ち着いた物腰、凛々しい立ち振る舞いに、思わず少年時代にパイロットにあこがれた気持ちがよみがえる。

少年時代の夢をかなえた篠宮さん

現在、篠宮さんは副操縦士として、国内線に乗務している。フライトが多い日は、1日3便の乗務をこなすこともあるというから、かなりのハードワークだ。

早朝からの勤務だと、朝6時に起床し、7時過ぎに出社。その1時間後に最初のフライトが始まる。

例えば大阪−千歳間であれば、約2時間のフライトを終え、1時間の休憩後、大阪空港に戻る。さらに1時間休憩して、再び千歳空港に。乗務が終了するのは夕方になる。

昼からの勤務であれば、3便のフライトを終えて千歳のホテルにたどり着くのは深夜。身体的にも精神的にも疲労はピークに達するという。篠宮さんは
「確かにパイロットになりたての頃は、こんなにハードなのか、と驚きましたが、これが当たり前の世界なので慣れています。疲れているからといって、絶対に気が抜けない仕事。すべてのフライトをムラがないように、常に神経を集中しています」
とさらりと語る。1カ月のフライトは20〜30回。10日間の公休日は、基本的にしっかりと体を休める。ときには中学時代から続けているテニスで汗を流し、連休は家族と旅行に出かけてリフレッシュすることも多い。

こうした体力の維持やストレスコントロールは、激務をこなすパイロットにとって大切な仕事の一部でもあるのだ。

機械化が進んでも人間の判断力が不可欠

篠宮さんは自分の思い通りのフライトができたときに、もっとも大きな喜びを感じるという。

フライトの前には航路の天候をチェックし、全体の運航計画を立てる。そして、そのイメージに沿って操縦しながら、常に先を読み、いくつかの選択肢を作っておいて、状況に最も適した方法を選んでいく。

「同じ路線を飛び続けていますが、相手は自然。気流や雲、風の状態は常に変化しますから、1日たりとも同じ条件であることはありません。また、1年を通してみれば台風が接近しているときもあれば、大雪が降る空港に着陸しなければならないこともある。そうした悪条件のなかでも自らの判断で機体の揺れを最小限にとどめ、イメージ通りのフライトを完遂する。これは最高にやりがいのある仕事だと思いますよ」

悪天候の着陸を成功させた 念願のファーストフライト

パイロットへの道は基本的に3つ。航空大学校を卒業して航空会社に入社する。防衛大学を経て自衛隊のパイロットになる。そして、もうひとつが航空会社に入社し、養成プログラムをクリアしてパイロットの資格を得る方法だ。

篠宮さんは92年に操縦士訓練生として全日空に入社、パイロットへの第一歩を踏み出した。

全日空の場合、パイロットの卵たちは、まずアメリカのカリフォルニア州と東京にある訓練所で、基礎的な訓練を受けることになる。篠宮さんは当時をこう振り返る。

「男子だけの全寮制で、とにかく勉強漬けの日々でした。朝から夕方までみっちり講義を受け、夜もみんなで集まって自学習に励む。受験生並みの勉強量でしたが、誰もが『パイロットになりたい』という一心で取り組んでいましたね」

訓練生時代の篠宮さん

実技試験に向けたプログラムも実施される。初期の段階ではプロペラ機を使って飛行機の操縦法をマスターし、基本的なライセンスを取得する。

しかし、だからといってすぐにフライトができるわけではない。全日空では、約2年半の基礎訓練を終えてから1年前後、チェックイン業務などの地上業務を経験することが義務づけられているからだ。

「早く空を飛びたくてウズウズしていましたね。しかし、パイロットにとってお客様と直接対応する業務を経験する意義は大きい。自分の乗る便の出発が遅れている場合、お客様は、どんな気持ちでお待ちなのか、最終便が欠航になると、どんなにお困りになるのか。そんなお客様の生の声、本当の姿を知ることで、パイロットは常にお客様をイメージした操縦を心がけるようになります。私自身『お客様を目的地まで安全にお連れしたい』という気持ちは、地上業務経験によっていっそう強まったと思います」

その後、ジェット機の訓練に移行。2カ月ほどフライトシミュレーターでトレーニングを積んだ後、オーストラリアのメルボルンにあるアバロン空港で、実際に全日空のボーイング767を操縦して離発着の訓練を行う。そして篠宮さんは、国家試験に見事一発で合格。副操縦士の資格を得て、念願だったパイロットの仲間入りを果たす。

入社から5年、いよいよ篠宮さんは初フライトに挑戦することになる。

機体は中型機のボーイング767で、区間は東京−大分。機長は篠宮さんの晴れの門出に「今日は君が操縦しなさい」と言ってくれた。

乗客を乗せた初めての操縦。篠宮さんは緊張しながらも上空でのアナウンスをこなし、慎重な操縦で機体を大分空港付近まで運んでいった。しかし、
「夜間で雨が降っていて、後ろからの風があるという、非常に難しい着陸でした。無我夢中でやり遂げたというのが正直なところです」

初フライトを終えた思い出のスナップ

篠宮さんは以前からファーストフライトには両親を乗せると心に決めていた。駐機場に到着した後、乗務した飛行機をバックに両親と記念写真を撮影。

篠宮さんは
「一生忘れることのない、本当に感慨深いフライトでした」
と目を細める。

その後、4年間、中型機で経験を積み、2002年から大型機であるボーイング747型「スーパージャンボ」に乗務している。今後のキャリアプランは、2007年まで大型機の副操縦士を務め、再び中型機に戻って機長に昇格。さらに5〜10年の乗務経験を積んで、大型機の機長にステップアップするというものだ。