キャリア教育ヒントボックス

明確な目標に向かってたゆまぬ努力を続ける
ポップで地道な個性派理容師
ヘアデザイナー 二瓶博信さん

今年6月、東京青山のオフィスビル1階にヘアサロンがリニューアルオープンした。

「need's」と名付けられたこの店を経営するのは、数々のコンクールで受賞経験を持つヘアデザイナーの二瓶博信さん。一昨年11月に二瓶さんが店舗を引き継いでからは、その技術と人柄が評判を呼び、たちまち繁盛店として生まれ変わった。

新しさと伝統が融合した明るくて誠実な理髪店

ヘアサロン「need's」

人にはそれぞれ固有の性格があるように、店にも“店格”と呼ぶべきものが存在する。人間関係と同じで、人は店格の良い店、高い店に集う。そして、この店格を決定するのは、店主の仕事に対する考え方であり、人生であり、その生き様だ。

ヘアサロン「need's」は、店主の二瓶さんの強い個性、いや生き方そのものが具現化された、店格の良い店である。ピカピカに磨き上げられたガラス越しに見える店内は、明るくてポップな印象だが、掃除が隅々まで行き届いている点や、きちんと整理された道具類を見ると、理髪店らしい律儀さ、誠実さがしっかりと息づいていることがわかる。

二瓶さんはジョークが好きで、カメラを向けると、さっとポーズを取るほどサービス精神が旺盛。いつも笑顔を絶やさない“ノリの良い”青年だ。しかし、一方、常に明確な目標を持ち、その実現のため地道な努力を惜しまない芯の強さを秘めている。

ポップさと誠実さ、ノリの良さと地道さ、新しさと伝統といった、一見相反する要素をバランスよく融合している点が、「need's」の、そして二瓶さんの最大の魅力だ。

圧倒的な技術力で常連客を獲得

まるでマジックのようなカット

ドアを開けると、二瓶さんはちょうど若い男性の髪をカットしているところだった。

まるでダンスのステップを踏むがのごとく、軽やかにお客のまわりを回りながら、リズミカルにハサミを入れていく。このハサミのスピードが驚くほど速い。手元を見ていると、質の高いマジックを楽しんでいるような気分になる。二瓶さんは
「普通の床屋をイメージしてこられた方は、まず、この技術に驚いてくれます。仕上がりはもちろんですが、自分の髪がカットされている様子を見ることも、ひとつのエンターテインメントですからね」
とにこやかに語る。

さらに、二瓶さんはカットの間、お客との会話を絶やさない。お客は鏡に映る二瓶さんの動きに見とれ、軽妙な会話に心をほぐしていくようだ。

カットはわずか1分ほどで終了。お客の顔に満足げな微笑みが浮かぶ。

「ぼくはとにかくカットのスピードが速い。だから、忙しい方も気軽に立ち寄っていただけ、長くお待たせすることもありません」

このスピードと完成度の高さこそが、二瓶さんの真骨頂だ。しかし、その技術を手に入れるためには、長年にわたる血のにじむような努力があった。

ヘアデザイナーは中学生のときからの夢

二瓶さんがヘアデザイナーを志すようになったのは14歳の時。

思春期を迎えた二瓶少年は、お洒落をするのが楽しくて仕方がない。とくにヘアスタイルには思い入れが強く、この頃に「将来は絶対にヘアデザイナーになる」と心に強く誓った。“なりたい”ではなく、“なる”と考えたところが、二瓶さんらしい。ひとつのことに集中して打ち込む性格は、すでにこのときから形成されていたようだ。その後、実際に理容師になるまで、この決心は、一度も揺らぐことはなかったという。

中学時代はサッカーに没頭し、勉強は二の次だった。しかし、中学3年生になって志望校の偏差値を知って愕然。いまの成績では、とうてい合格は不可能だ。

負けず嫌いの二瓶さんは、ここで一念発起する。学校から帰ると、1時間仮眠を取り、朝の5時まで勉強した。すると、夏休みが終わる頃には、2年分のハンデを取り返し、それまでの自分がまるで嘘のように、難解だと思っていた問題がスラスラと解けるようになった。果たして、念願の志望校に、見事合格。

「このとき“勝ちの法則”をつかんだ気がします。ばくは飛び抜けて優秀な人間ではないが、人一倍努力すれば、必ず結果を出すことができると気づいたんです」

進路説明会で起きた意外なドラマ

大切な仕事道具

高校時代は美容室へは3週間に1回のペースで通い、ときには自分の髪をカットしてみたりもした。

ヘアデザイナーになるには、美容師と理容師のふたつの道がある。現在、その垣根は曖昧になってきているが、二瓶さんが高校生のときは、まだイメージに大きな差があった。美容室は女性客が中心で、お洒落な空間。理容店はいわゆる床屋で、男性客が行くところ、といった具合だ。

二瓶さんは、ほとんど理髪店に行ったことがなかったので、何の疑いもなく美容師の道に進もうと考えていた。しかし、高校で開かれた理(美)容専門学校の進路説明会に参加したとき、その方向性は大きく転換する。

説明会に参加した生徒は5人で、二瓶さん以外は、すべて女生徒だった。講義が終わり退席しようとした二瓶さんの前に、講師がツカツカと歩み寄ってくる。そして、いきなり机をバン!と叩いて「男が一生この仕事を続けていくなら、絶対に理容師になりなさい」と力強く言い放った。

二瓶さんはこの一言に得心する。自分自身も美容室では若い人に切ってもらいたいと考える。歳をとっても大好きなヘアデザインに携われるのは理容師だと考えたからだ。
「今思えば、自分のスタイルには理容師が合っていた。ただ、そのときは知識もなかったし、ほとんど直感で決めたようなものでした。きっと運命だったんでしょうね」